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ヘルパー体験記
『星の牧場』に風がきた

牧場へ、いらっしゃい!
 手紙
  ヒールとベビーフェイス
 再建
 無垢(むく)の木
 ナホちゃんのオカリナ
 マキロン

牧場へ、いらっしゃい!

無垢(むく)の木

 星の牧場YHの食堂には、とても素晴らしい木のテーブルがあります。無垢(むく)の木で作られたテーブルです。実は、私はこのテーブルが大好きです。
 素晴らしい肌ざわり。
 素晴らしい木の感触。
 このテーブルで御茶を飲む時、自分が無垢(むく)な人間になれるような気がします。この無垢の木のテーブルを使ってミーティングをする時、なんだか自分が純粋になれそうな気がします。

「風さん、風さん?」

 おっと、無垢(むく)な奴が、やってきました。
 ヘルパー仲間のコウちゃんです。

「なんだい?」
「またペアレントさんに叱られましたよ」

 彼は、よくペアレントさんに叱られます。叱られると言っても、ダメな奴だから叱られるのではありません。あまりにも無垢(むく)な人間だから、よくペアレントさんにからかわれるだけです。例えば、私が食事の数を間違えてしまったとします。そうすると、ペアレントの奥さんは、

「コウちゃん、また間違えたわね」
「違います、コウちゃんが間違えたのではなく、私(佐藤)が間違えたんです」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあ、コウちゃん、今度から気をつけてよ。デイ!」
「うわ〜、また叱られた。間違えたのは、俺じゃないのに〜っ。ねえ、風さん」

 コウちゃんは、星の牧場YHの人気者です。ペアレントさんも、ペアレントさんの奥さんも、それは大変のかわいがりようで、コウちゃんが好きで好きで仕方がないと言った感じです。だから、ペアレントさんは、毎日のようにコウちゃんをかわがります。いや、からかいます。

「風さん、また怒られちゃいましたよ〜」
「今度は、何んで怒られたの?」
「無言電話です」
「はあ?」
「トルルルル、トルルルルって、ペアレントから内線連絡が入ったんです。あれって、緊張しますね」
「ああ、それで、ペアレントさんは、何と言って怒ったわけ?」
「無言なんです。だから、慌てて庭に水を撒きましょうかって聞いたんです。すると、ペアレントは、低音の声で『やった』って言うんです。そんでもって無言なんです」
「そして?」
「それなら、スリッパ並べましょうかって聞いたら『やった』って言うんです。そんでもって無言なんです」
「・・・・」
「それで、これはイカンと思ったんで、窓ガラスを磨きましょうかって聞いたら、『やった』。そんでもって無言」
「・・・・」
「玄関掃除しましょうかって聞いたら、『やった』」
「・・・・」
「風呂を沸しましょうかって聞いたら、『やった』」
「それで?」
「無言のまま切れました」
「・・・・」
「恐わいよ〜。いちいち何か言われるより恐いです。すごいプレッシャーかけてきますよ、あのペアレント」

 トルルルル、トルルルル。

「コウちゃん、内線電話だ!」
「風さん、出てください。俺、電話が恐くて」
「しょうがないなあ・・・・。はい、風です。え? コウちゃんですか?
 コウちゃん、ペアレントから電話だよ!」
「ギャーッ!」

 ペアレントさんが、コウちゃんをかわいがることと言ったら爆笑ものです。まるで実の子に接するごとくペアレントが、コウちゃんをからかうのは、コウちゃんの人徳のなせる技ですね。

 垢(あか)にまみれた人間は、無垢(むく)なる人間を見ると、どうしても、かわいがり(からかい)たくなります。『風のたより』にも、真瀬大輔君や、前田充代さんや、栗原智子さんなど、大勢の無垢(むく)な人間がいますが、やはり皆の人気者です。無垢(むく)な人は、とっても楽しい大ボケをかましてくれるからです。

 けれど、そんな真瀬大輔君たちをはるかに超えた、超ド級、大ボケ純粋無垢(むく)の人間が、この世に存在することを知った私は、愕然としてしまいました。私だけではありません。ペアレントも、悦子さん(ペアレントの奥さん)も、義人君(ペアレントの息子さん)も、寺さん(ヘルパー)も、ナホちゃん(ヘルパー)も、みんな愕然としてしまいました。

 コウちゃんは、一生懸命な男です。
 手抜きというものを知りません。
「この部屋を掃除をしろ」
と言ったら、完璧なくらいにピカピカに掃除します。それはもう妥協なしです。それに比べれば、私の仕事ぶりといったら、ずいぶんいい加減なものでした。私は、何事も「ほどほど」というものを心得ている人間です。かならず仕事に優先順位をつけ、大切なものから片付けていました。
 YHのヘルパー活動で一番大切な仕事は、
『旅人に心から感動してもらうこと』
と思っていた私は、いつでもできる雑用などは、ドンドン後に回し、御客さんと話をすることに熱中しました。
 しかし、コウちゃんは、いつも目の前にある雑用に必死になっていました。言われたことだけをキチッとやっていました。私が、どんなに「コウちゃん、御客さんと話しなよ!」と言っても、コウちゃんは、絶対に御客さんと話をしません。必死になって、皿を洗っています。絶対に私の言うことを聞きません。ですから、「なんて頑固な奴なんだ!」と、私は思っていましたが、ある日、なぜコウちゃんが、御客さんと話をしないのかが、わかりました。

 ある朝、御客さんが皿を洗っている時、コウちゃんは、必死になってある御客さんに話しかけているところを私は目撃しました。

「どこから来たんですか?」
「・・・・」
「どこに行くんですか?」
「・・・・」

 御客さんは、嫌がっていました。あきらかにコウちゃんのゴツイ顔に拒否反応を示していました。実は、コウちゃんは、どう見ても三十歳以上のゴツイ青年に見えます。体もプロレスラーのような体形をしていて、見ようによっては、暴力団に見えます。だから御客さんは、嫌そうな顔でコウちゃんを避けてしまいます。
 一生懸命、御客さんと話そうとしても、恐そうな外見のために、皆から逃げられるなんて、あまりにもかわいそうです。こんな無垢(むく)な男の子を、むざむざ傷つけてしまうなんて、それは、あんまりです。そこで、私はミーティングで、コウちゃんの紹介をしました。

「仲間のヘルパーを紹介します。コウちゃんでーす!」

 パチパチ、パチパチパチ・・・・。

「さて、問題です。彼はいったい何歳でしょう? 30歳以上だと思われる方!」

 約半数の手があがる。

「25歳以上だと思われる方!」

 約半数の手があがる。

「では、意表をついて、裏読みをして、25歳以下だと思われる方!」

 2〜3人の手があがる。

「正解は、19歳でした」
「えーっ!」

 どよめくYHの中。

「コウちゃんは、いかついです。とても19歳には見えません」
「・・・・」
「でも彼は、ヤクザではありません。ゴジラでもありません。君たちより若い、しかも気の小さい鉄道好きの19歳の少年です。でも、この外見のために誰も口を聞いてくれません。特に女の子は、みんな逃げてしまいます」
「アハハハハ」
「もし、君たちが子供の頃、罪もないのに理由なく女の人が、自分から逃げて行ったらグレちゃいますよね。そこで皆さんに御願いがあります。コウちゃんを非行に走らせないように、彼と口を聞いてあげて下さい。特に女性の皆さん。御願いしますね」
「アハハハハ」

 無垢(むく)なコウちゃんは、食堂の中で、真っ赤になっていました。手垢に汚れた人間は、無垢なる人間を見ると、どうしても、かわいがり(からかい)たくなります。その晩は、私がコウちゃんを、かわいがった(からかった)晩です。

 翌日、朝食の皿洗いをしているコウちゃんは、さかんに御客さんと何かを話していました。もうコウちゃんから逃げる御客さんはいません。コウちゃんの顔は、とても明るい顔をしていました。

「コウちゃんも、いつか垢(あか)に、まみれることがあるのかな?」

 私は、無垢の木のテーブルで御茶をすすり、そんなことを考えていました。さて、今度は、なんて言ってからかってやろうかな・・・・?
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