旧作 旧作・高原へいらっしゃい 
(昭和50年度・山田太一作品) 

 リメイク版
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企画書 シノプシス 登場人物 プロフィール

 シノプシスを読んでみて、驚いたことは、旧作『高原へいらっしゃい』とは、全く違う構造になっているところです。共通するのは、出だしだけです。しかも、その出だしは、少しドロドロしています。あきらかに放映された『高原へいらっしゃい』とは違っているのです。

 私は、このシノプシスを読んでみて長年の疑問が少し解けました。旧作『高原へいらっしゃい』とリメイク版『高原へいらっしゃい』の関係もわかりましたし、『高原へいらっしゃい』の企画が、どのように生まれて、どのように脚本で変化していったかがわかりました。そして、『高原へいらっしゃい』で書ききれなかったものが何であったか、そして、それがどのような変遷をたどっていったか、分かったような気がしました。

 私は、今、ある仮説をたてています。『高原へいらっしゃい』の企画は、2つに分離したのではないかという仮説です。一つは旧作の『高原へいらっしゃい』であり、もう一つは『緑の夢を見ませんか』ではないか?という仮説です。

 『高原へいらっしゃい』と
 『緑の夢を見ませんか』

の関連性は、前々から疑っていました。

 しかし、あまりにかけ離れた両作品の雰囲気に、
 この2つに共通点を見るだなんて、
 あまりに突飛すぎていました。

 しかし、今は疑っています。この2つの作品は兄弟のようなものだと。そして、『高原へいらっしゃい』のシノプシスは、本当は『緑の夢を見ませんか』であったということです。しかし、山田太一さんの筆が進むうちに、『高原へいらっしゃい』の設定は、『緑の夢を見ませんか』にしてはいけないと感じたのではないでしょうか? だとするとリメイクすべきは、『高原へいらっしゃい』ではなく、『緑の夢を見ませんか』だったのではないでしょうか? 

《シノプシス》の一部引用紹介

 高村靖雄(22)の服装は、そこでしか似合わなかった。他所を歩けばピエロだが、ホテルの正面玄関では、玩具の兵隊のようなデザインはピタリときまったし、靖雄も自分の姿が嫌ではなかった。高層ホテルの玄関に立つにふさわしいと思ったし、はじめは、かなり熱中して「いらっしやいませ」のイントネーションからドアの開閉時のポーズ、タクシーへのアクションに至るまで工夫をこらしたのだった。しかし、もう沢山だった。ー年やっていたのである。もうそんなものに幻想を抱いているわけにはいかなかった。おまけに二月の未で、その夜は雪まで降りはじめた。10時をすぎると、まるで息をひそめたように、なにもかもが動かなくなる数分が時折訪れた。動いているのは雪と靖雄のふるえる足だけだ。寒かった。やめだ、今月でやめだ、靖雄はそう思った。その時、あの男が近づいて来たのである。

北上久子(20)は,はじめ男の視線を気にとめなかった。よくいるのである。一人でデパートの食堂へ来て,昼間からビールをたのみ,テーブルを縫って働く久子たちの身体をなめるように見ている男は,よくいるのだ。忙しかったし,そんなものをいちいち気にしてはいられなかった。お尻でも触られたら,怒ればいいのだ。哀れな中年男。哀れな? いや,その男は,そうではなかった。他の男のように裸体を見すかすような視線ではなかった。ただ,久子を長く見すぎる。あの男だ。公園の横の道を次第に足早やになりながら,久十は昼間のその男を思い出した。人通りの絶えたアパートヘの暗い道で,つけて来る男に気づいたのである。走ると,男も足早になった。更に走った。忽ち靴音が背後にせまった。「あッ」つまづいた。足がよじれ,身体が泳いだ。ハンドバッグの止め金がはずれた。具合が悪かったのである。中身がアスファルトに散乱した。

三月の初旬。新宿発長野行きの急行「あずさ」に,靖雄が乗っていた。久子も乗っていたが,互いに相手を知らない。そして,同じ目的地に向っているのは,その二人だけではなかった。鳥居ミツ(24)もそうである。小笠原史郎(22)もそうである。しかし,誰もがか互いを知らなかった。
バスに乗る。次第に,乗客が減り,終点で五人がおりた。一人は土地の老婆で,運転手に声をかけ,村の方へおりて行く。あとの四人は,あの男に,その終点から右手の林を更に進むことを教えられていた。ミツが,殆んど迷わずに林の道へ入って行く。1続いて靖雄。そして史郎。久子は,半ば後悔し,不安にかられながら,道へ足を踏み入れた。

その廃屋の前で靖雄が苦笑した。
「どうやら,お仲間のようだな」
史郎がうなづいた。
しかし,それだけだった。
呆然としていた。
「面川さんは,ホテルだといったわ」
久子が,低く後悔しながら押し出すようにいった。
「そう,面川さん一ぼくも面川さんに,ホテルといわれた」
と靖雄。
「これがホテル?」
と史郎。
「ホテルにはちがいない,ようだけど」
とつぶやくように久子。たしかに小さなチロル風の山小屋ホテルという印象がないではない。しかし,いまは廃屋と呼ぶべきだろう。

(略)

 こうして開業が近づく。広告費がない。どうやって宣伝をするか。それも大問題である。てんやわんやの中で,面川が,客を入れようといい出す。金が底をついて来たのである。大貫は反対である。不完全な形で開業し,客に悪い印象をあたえたら,とり返しがつかない。こうした小ホテルは口コミが頼りなのだから。しかし,金がないのは,どうするんだ,と面川はいう。次第に,みんなの食糧さえ,事欠くようになって来ているのだ。それには大貫も一言もない。不完全なまま,客の第一号をまねき入れる。いかに不完全なところをかくすかに一同は,一致協力して努力する。客一号が帰った時は,全員ヘトヘトである。

と,なおしたばかりの手すりが,なにものかによって,切られているのをおばさんが見つける。客が知らずに寄りかかったら,どんな事になったか? みんなの中に,このホテルを妨害しようとしている人間がいるのだ。それは誰か?