ブルーベリー 旅に出たい人へ
  風のひとりごと

絵葉書に思うこと

 先日、私の所に一通の絵葉書が届きました。私は懐かしさで胸がいっぱいになりました。あれは、1990年の夏の事でした。私は初めての北海道を列車で旅をしていました。富良野から新得に向う列車に乗っていたのです。私の隣には、バックパッカーの青年が沢山の絵葉書と写真集を抱えて、それらを眺めていました。彼の名は山崎圭一と言いました。

「随分買いましたねえ」

 私は彼に話しかけていました。

「何万円もしたんじゃない?そんなに買って大丈夫なの?」
「正直言って辛いです。でもこの絵葉書、とても気にいってるんです。見て下さい」

 彼は大切な宝物を見せるように絵葉書を私に見せてくれました。

「絵に書いたような写真でしょ。ほら、これなんかまるでおとぎの国です」
「そうですねえ」
「これ全部、美馬牛の拓真館て言う所で買ったんです」
「ああ、前田真三の」
「誰です?その前田・・・・なんとかという人は」
「この絵葉書の作者だよ。前田真三を知らないで拓真館に行ったわけ?」
「ええ」
「前田真三も知らないで、よくもこれだけの絵葉書を買ったもんだねえ。絵葉書のコレクションでもしているの?」
「実は買ってくるよう、人から頼まれたんです」
「なあーんだ」
「実は僕、旅先で恋をしたんです」
「・・・・」
「ふられましたけどね」
「・・・・」
「けど、諦めきれなくって」

*    *    *    *

 圭一君が好きになった人は西山恵子さんという人でした。小樽天狗山YHで出会ったそうです。しかし、彼女は圭一君よりも他の男に好意をもっていたようでした。その男は恵子さんに拓真館の絵葉書を自慢していました。

「わー、綺麗な絵葉書。これ何処で買ったの?」
「美馬牛の拓真館。この絵葉書はあそこにしか売ってないんだ」
「欲しいなー欲しいなー」
「これから美馬牛方面を回る予定はないの?」
「明日には帰らなきゃならないのよ。あーあ、もっと日にちがあればなあ〜。残念だなあ・・・・」
それを聞いた、圭一君はテーブルを立ちました。
「俺、これから美馬牛に行くんだ。よかったら君の分買って来ようか?」

*    *    *    *

「そうやって強引に彼女の住所、聞きだしたんです。東京で再会できると思って」
「なるほど」
「馬鹿ですね、未練たらしいスね。どうせ絵葉書渡してサヨウナラなのに」
「・・・・」
「でも、いいんです。彼女の御陰で僕はずばらしい物を手にいれたんだから」
「素晴らしい物って?」
「この絵葉書です」
「でも、この絵葉書、彼女にわたすんでしょう?」
「そのつもりだったけどやめます。あんまり綺麗な絵葉書なんで惜しくなっちゃった。これは旅の思い出にとっときます」
「うーん」

 私は頭を抱えてしまいました。

「どうかしたんですか?」
「絵葉書と云うものは、切手を貼ってポストに入れてこそ価値があるんです。旅先での感動を恋人や友人に伝えてこそ価値があるんです。気に入った絵葉書を死蔵するなんて勿体ないですね」
「でも俺、こんな綺麗な絵葉書使いたくないっス。誰にも出したくないっス」
「でもね、そんなに素敵な絵葉書なら、なおさら君にとって一番大切な人の為に使わなくっちゃ。素敵な絵葉書は素敵な人の為に使わなくっちゃ」
「え?」
「未使用の絵葉書をたくさん持っているなんて、何か悲しい感じがしませんか? そんなもの持っているくらいなら、どんどん切手を貼って、愛する人の元に届けた方がいいと思いませんか?」
「・・・・」
「きっとこの絵葉書の作者も、そんなふうに使ってくれたらいいなあって思ってると思うんだよね」

 私は茶目っ気たっぷりに笑いながら圭一君に囁きました。

「圭一君、諦めるのは早いぞ!」

*    *    *    *

 それから東京帰った圭一君は恵子さんに電話したそうです。

「もしもし恵子さん? 僕です圭一です。北海道で知りあった山崎圭一です。覚えていますか? 昨日、帰って来たんです。もちろん絵葉書も買って来ましたよ」

 そして圭一君は、銀座の喫茶店で恵子さんと再会したそうです。
 圭一君は恵子さんに拓真館の絵葉書を差し出し、

「全部で十冊。僕の分と君の分と、半分こしよう。好きなのを五冊選んでいいよ」
「え?私が選んじゃっていいの?」

 圭一君はこっくり頷きました。
 恵子さんは喜んで絵葉書を見比べました。

「うーん、どれにしようかなー。みんないいから迷っちゃう」

 彼女は、かなり迷っていました。

「あーん、如何しよう。ねえ、どうしても五冊選ばなくっちゃだめ?」
「だめ!」
「そうだよね、綺麗な絵葉書だもんね」
「恵子さん、この絵葉書、誰に出す?」
「誰にも出せないわ、こんなに素敵な絵葉書」
「俺さ、北海道で知りあった片思いの彼女に出すつもりなんだ。この絵葉書に思いを込めて」
「わー、素敵じゃない」

 圭一君は茶目っ気たっぷりに笑ったそうです。

「そう思う?」
「うん、その子が羨ましい・・・」
「本当に羨ましい?」
「羨ましいわ・・・」

 それから数日後、恵子さんのアパートの郵便受けに山のように拓真館の絵葉書が投函されていました。圭一君と恵子さん。二人は結婚するらしい。私は風のたよりに聞きました。
【風のひとりごと】
(旧「風のたより」1号掲載文・1992)

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