北軽井沢ブルーベリーYGHの世界 登山記録

トムラウシ山に行く! 1

 トムラウシ。その山こそ大雪の名峰。北海道の山に登る者ならだれでも憧れる山です。大雪といえば、多くの登山家に親しまれていますが、それだけ環境破壊も進んでいます。しかし、トムラウシは、まだ訪れる登山家の数は少なく、それだけ自然は多く残されています。鳴きウサギが跳ねまわる山、一面花畑の山、それがトムラウシです。

 トムラウシに登る方法は5つあります。
 黒岳からの縦走コース、
 旭岳からの縦走コース、
 天人峡からのコース、
 新得からコース、
 そして十勝岳からの縦走コース。

 私たちは、もっともマイナーな十勝岳からの縦走コースを選びました。このコースは、山と渓谷社の「アルペンガイド」や、北海道新聞社の「北海道の山」には、このコースの紹介記事が載っていません。実際、このコースを歩く人たちは、2〜3パーティほどしかいません。当然、登山者たちの連帯意識は強く、様々な情報交換をしあいます。

「どこの大学のワンゲル部ですか?」
「いいえ、私たちは、ただの旅人です」
「旅人って・・・・、旅人がどうしてこんなハードなコースを?」
「このコースって、ハードなんですか?」

 こんな会話が続いたあと、こんなヒソヒソ話が聞えてきました。

「おい、あいつら、ただの旅人の集まりだってよ」
「ただの旅人の集まりが、どうして、こんなところを歩いてるんだ?」
「ただの旅人の集まりにしては、元気がよすぎるぞ」

 そうです。ただの旅人の集まりだったから、元気がよかったのです。私たちは、山登りではなく山に遊びに来ていたからです。景色のいいところで景色を眺め、写真を撮り、歌ったり踊ったり、昼寝したり。他のパーティが、ヒイヒイいいながら、縦走しているそばでドンチャンやっていました。

 私たちは、距離を稼ぐとか、1日のノルマとか、ペース配分を全く考えません。そんな山登りは、時間に追われる観光旅行と同じことだからです。疲れたら直ちに休みます。目標地点はすぐに変更されます。嫌になったら、簡単に山を降ります。そして、無理に頂上をめざしません。他のパーティより元気な理由は、そんなところにあります。

 ところが、そんな私たちの隊に、あまり馴染みのなかった参加者がいました。Aさんです。大雪は7回目という猛者で、北海道中の山を登りまくってる大ベテランでした。
 山では、リーダーは、一番経験と実力のある人がならなければなりません。それは山の掟です。どんな著名な登山家でも、どんなに実力のある登山家でも、ガイドの忠告には従います。それは、自分よりガイドの方が、その山に関しては実力と経験があるからです。山では男女差や平地の身分などは関係ありません。
 そういう意味で、今回のトムラウシ登山のリーダーは、Aさんで、彼女の知識と経験に私たちは、大いに助けられました。でも、時々、私と衝突した事もありました。
 Aさんは、トムラウシ登山を成功させるために、最良の方法をとろうとしていました。しかし、私にとってはトムラウシ登山の成功など、眼中に無かったものですから、衝突するのは当然といえば当然だったかもしれません。私たちは、どちらかといえば、登山の成功より楽しい登山ができたかどうかを重要視しています。

 ところでAさんとは何者でしょうか? 実は彼女は、冬に与那国島でタクシーの運転手をし、春に崩壊寸前の車で全国を縦断し北海道に向かう。そして北海道の山を歩き回るジプシーです。何年も家を飛び出したまま帰らないAさんに、親は泣いているに違いありません。
 ちなみにAさんの住いは、崩壊寸前の車。雨漏りするその車に、全財産を詰め込み、その車で寝泊りしながら、決してユースホステルなどには泊らず、全国を縦断しています。
【風のひとりごと】
(旧「風のたより」9号掲載文・1993)

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